ここ最近しばらく服を買っていない

基本的に平日は制服だし、休みだって多くても月に8日・・・数着あれば困らない。

服に関しては、オシャレをしているというよか裸でないために無理矢理身体に巻いている布感覚ですよ・・・

雑誌を見るたびに思うのですが、

結局スタイルがよて顔が可愛かったら何着てても似合う。以上

ということはスタイルが悪くてブサイクだったら何を着ても似合わない、という残酷な対義ができてしまうわけですね・・・

そうかと言って最低限のお洒落すら放棄するのはマナー違反ではないかと思ったり。

公立中学&高校だったのでずっと制服でした。そして中高ともファッションにほぼ関心がないまま大学生になりました。

高校の時はたまに服を買うためだけに都会に行ったりもしていました。けれどローリーズファームぐらいしかブランドを知らなかったあの頃・・・

大学に進学し焦りました。みんなオシャレだ・・・?!?!そりゃあ衣服に関心のなさそうな人も多くいました、けれど圧倒的オシャレ女子率の高さ。


これはやばいと焦って私服を買い揃えました。

まあ、顔も体型も悪いセンスも悪いの三重苦で思い返すと本当にひどかったと思います・・・

そんな同級生たちに触発されてだんだんと化粧も服もがんばったけど、結局モトが悪けりゃ限界があります。

また、私の友人は何故かみなスタイルよいわ顔がよいわで、一緒にいるのが辛かったです。(みんないい子だったので嫌いではなかったですしかし劣等感がすごかった)
どんだけ頑張っても、痩せることはできても身長は伸びない=足は長くならない。

化粧を頑張っても限界がある。かといって整形する勇気も金もない。

毎朝、「おしゃれ頑張ろう!」って意気込んでも、鏡みて次の瞬間には「無駄だわ……」と即諦めモード。

大学生活の後半。1,2年で安定した単位をとっていたので4年の頃はかなり時間がありました。
週に3回くらいしか授業がなかったため、「大学行く日は同じ格好でも、日があいてるし服洗ってると思われるだろう」
と思い、毎日ユニクロのパーカーとguのショーパン、ショートブーツを履いていました。

酷い有様です。

毎日学校があった1、2年の頃は、それなりに頑張ってましたが、たまにその辺のガラスが反射して自分の姿が映る。その姿を見ると気分が落ち込み隠れるように帰る毎日でした。

おしゃれな人の真似をしているのに、何が違うんだろう……と悩んでましたが

あっ!!全部だ・・・

天性のスタイル、容姿を持つ人とは何もかもが違うんだって思い知りました……

ということで、今は「最低限人に迷惑をかけない程度にこぎれいにする」をモットーに服選びをするようになりました。


あんまり安すぎる服もどうかと思いますが、洋服に割いているお金がないので、買わない。あと、叔母に恵んでもらった服を着倒してます。

多分、これから先も服を買うことはあんまりないと思います。必要に迫られてもしくはTPOを考えて。

体型維持と今ある洋服の布地を痛めないよう、大切に扱っていこうと思っています。

そして冬服。高くて買えません。

3年前、寒さ凌ぎにと買った60%オフのダウンが、未だに現役で活躍しています。これがまあ、暖かいのなんの。手放せません。クリーニングに出さず、男らしく家で洗濯機にホウリコミー

どこにでも着ていくので、恐らく「これしか服がないんだろう」と思われてると思います・・・



おしゃれすることに抵抗がある要因の一つだと思うのがはるかはるか大昔、まだ私が4歳とか5歳のとき。

もう20年以上も昔で、保育園に通っていた時のことなのに、不思議とこの出来事は鮮明に覚えています。

母親は裁縫や手芸は全くできませんでしたが、祖母は服を作ったり編み物が得意だったので、私のためにハローキティの生地でワンピースを作ってくれました。夏らしく、トロピカルフルーツをモチーフにしたようなド派手な生地でしたよ。

新しい服はやっぱり嬉しかったのか、るんるんした気分で着て保育園に行きましたよ。田舎なので同じクラスも20人未満の小さな保育園。先生の目も届きやすいし自然に囲まれた良い所です。

保育園のスケジュールは給食食べたり昼寝だったり、外で遊ぶ時間だったり。その日も普通に過ごしてたんですけど、なにがきっかけかは忘れたけれど、とある先生が、私をつかまえてこう言い放ったんですよ・・・

「その服、○○ちゃんが着たらかわいいのにね。」

(○○ちゃんは確かに整った顔立ちで、今もとても可愛らしい女性です)

その頃はそんなことをいわれて「???」状態でした。けれどこの言われた言葉は今でもしっかり覚えてます。

いまなら言える……大きい声で言える……
ええはいどうせ私みたいなブスがこんな可愛い着ても似合いませんよ

その先生の名前今でも覚えています。

一体私になんの恨みがあったのかその先生には、弁当のごはん口にねじこまれた記憶もあります。


小さい頃の私は今と違ってもんのすごく小食で、一口大のごはんも食べれない程でした。その日も食べきれなくて、みんなが給食を済ませていく中最後まで食べられず涙目になりながら席に座って食べてました・・・

しびれを切らしたのか、箸であと親指先大のご飯粒を無理矢理食べさせられた。それがイヤでイヤで泣きわめいてた記憶が今でもあります・・・

きっとストレスのはけ口にされていたんでしょうね・・・(‘;’)

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